昭和53年03月22日 朝の御理解
御理解 第19節
「金光大神は形がのうなったら、来てくれと言う所へ行ってやる。」
こういう大胆な事が教祖がご生前の時から言うておられたと言う事、私は是はどう言う様な事であろうかとこう思う、自分が亡くなる、そしたら皆んなが来てくれと例えば言う所に行ってやるそれがどうして分かっておられたであろうか。死んだらもう何にも無い、いわば泥になってしまうのである、その金光大神がこういう大胆と言えば大胆、無茶と言えば無茶な事がどうして言い得られたであろうかと、本当に不思議に思うくらい。
またの御教えに「金光大神は天地金乃神と同根」と言われる処がありますね、こういう処からはっきり、いうなら確信が付けられてみえられた確信がうまれて見えられたという風に思うです。私の頂いている、いうならば御霊観というものは、死んでから、いうなら子供のためとか孫の為と、いうなら働くことは出来ない、唯、御霊ながらのおかげを受ける受けないということ。
こちらで言うならば信心の真を尽くし現して天地のご信用を頂いておれば、あちらにその神様のご信用がもって行かれるから、あちらでもやはり天地乃親神様のご信用の中におかばいの中に御霊の生活が出来るんだ、その御霊が例えば現世に働き掛けると言った様なことは出来ない、死人を舞台に引っ張り出して、さあ踊れというのも同じだという風にわたしは頂いているんです。ですからこれはね、本当にお徳を受けている神様のご信用を受けておる。
なるほど天地の親神様が天地と同根と言われるが、自分が天地と同根であるというところまでのご信心が高められ、それを信じておられなかったら、こんなことは言えないと私は思うですね。だから「来てくれと言う所に行ってやる」ということはもう金光大神であり天地金乃神様であり同根の働きなんです。そこで思わして頂くことなんですけれども、同根であるという事、天地乃親神様の働きを頂き続ける、おかばいをを頂き続けることの実感、そして神様にご信用を受けておるという確信。
だからそれが私はダンダン出来てくるようになれば、これは金光大神だけの世界ではない。先日本部で何か書物が出来るのに「金光大神と共に生きる」という文章の中にあった、そしたら、ある先生が「百年も前に亡くなられた方と共にあるということは出来るはずがないではないか」と其の説に賛成する先生が沢山あったという事です、だからそういう言葉も使わんでよいと言う。
結局今日私が皆さんに聞いて頂いて要る様な事が納得、分かって無い、いわゆる天地の信用とか天地と同根と言った様な意味が分かって無い。この頃私の事を「親神様、おやがみさま」と言われる「親神様ですか」と電話が掛かってくる「はい大坪ですが」とこっちは申しますけどね。どういう処からそういう、これは一つの自分が助けてもろうておかげを頂いて、これよりもっと素晴らしい呼び名はなかろうかと考えあぐねた先に親神様が一番最高だから「親神様」と言われるのじゃないかと思うんですけれどもね。
お初穂なんか皆んな「親神様、おやがみさま」と、同時に私は思うことは時々思う事です「ははあ、こういうのが天地と同根であろうなあ」とこう言うとそういう、いうならば感慨に耽けれる時が時々あるということです。夕べなんかも休ませて頂いて、今朝方まで、まあ云うならまじろぎもせずに神様との、いうならば対話というかね、まーだ私共が知ってない世界、そんな雰囲気の中に、いろいろ頂く事に、それからまた感じ取らせて頂くこと、あるんです。
それを言葉に出して家ないことが残念ですけれども、言葉でない言葉で、ですから表現が出来ませんけれども、だから私共も天地の信用を、もちろん金光大神の保証人ですね、金光大神のお取次によって天地の親神様と直接、いうなれあば交流が出来るということはありがたい。こういうおかげが本当のものにだんだんなってきたら、例えば私が亡くなりましても「親先生」といえば、そこに親先生の働きが頂けれるようになるのかもしれないと思います。
だからお徳を受けられた、いうならばというのはどう言う事を「お徳を受けた」というか、私はその事をしきりに、御祈念中も心に浮かんで来ますから、私共の心の中にだんだん、神様を信じる力が生まれてきて、どうにも出来ない、もう仕様が無いと言った様な、もうどうもこうも出来んと言った様な事のない世界に、私は住んだ時が、御神徳を頂いた時だと思うですね。そうして見ると、合楽ではだいぶ御神徳を受けておられる方があると思うんです。
唯もう焼けのやんぱち的な言い方ではなくて、それはあなた鍋の中どじょうさあどうかなる、どうかなろうけれどもそれは、そこから道が開けて来る、という事を頂かせて貰うところから生まれてくるのが、昨日から言うのが「安心」ということ、しかも本当の安心じゃなくてもです、心にはある意味で、それこそビクビクしながらでも、ヒヤヒヤするような事があっても、ギリギリの処は親先生のお取次を頂いてのことだから、とそこに安心がそこにある。
せめてそこまでは安心のおかげを頂かなければならないという風に思います。だから親先生のお取次を頂いてからの事だからという安心、そこにはもう親先生と言うならば同根のものがあるから心に安らぎが生まれるのです。だから信心とはそういう安らぎが本当の安心になってくる稽古をさせて頂くことなんです。私は昨日本当に驚きでしたけれども、昨日は、まる少の信心実習会ですかね、「闇に光を」でしたかね「暗いところに灯火を灯そう」と言うテーマで研修をしたんです。
それで昨日8時半ここを下がらせて頂いて直ぐ私の話を聞くという事になりました、どげんな事を話してよいか分からん、子供達に難しい話したって分からんし、又分からんで跳ね返ってくるなら、もうお話なんか出来るもんじゃないです、ところが立とうするところに、梶原先生が今朝の、ここで神習をいたします。時に頂いたのは、太田恵美子と頂いた、大きな田、恵まれる子と書いてある、それで私はそのことをキッカケにお話したことでした、黒板に書いて「オオとは大、タはたんぼの田、ヱは恵まれる。」
例えば一反にお米が十俵獲れるとして、十俵のおかげを頂きたいなら一反でよいけれども、百俵のおかげを頂くためには1町の田んぼがなからなければ出来ん、一反しか作らずして「どうぞ神様百俵下さい」という事は出来ない。結局梶原先生が頂いたように大田というのは大きな田、そこには大きく恵まれるんだ、そこでならお互いが大きくなる事のためにどういう信心をさして頂いたらよいかと言う始めから難しいお話し「おかげの受け物」ということでした。
段々、段々お話をして行くうちにですね、第一この頃「十三日会の放生会の話」が出ました「金光名教流水の話」が出ました、合楽理念の核心に触れていきました。私はもう驚いたです本当「合楽でこの様にして育っていくんだ」と言う事、中学生と高校生ばっかりが研修室一杯でした、そしてそれがね少しも跳ね返って来ないんですよ、私は大変感心したという話をして、十三日会の話をさせて頂いたんですけれども。先日の十三日会の時に椛目の中島さんが務めの、いつも勤めを休んで十三日会に出るんだけれども。
その日に限って、まあよかよかというわけでもなかろうけれども、十三日会に出なかった、丁度康雄君が帰ってから、『十三日会』に行ったかと言うから「行かなかった。」と言ったら『合楽で十三日会をお粗末にするような者で、どうして合楽の信者と言えるかと、どういう訳で行かなかったかと、あれほど天地の親神様がたった三十日の間の1日だけでも神の願いが成就する日として、あれだけ親先生が大事にされる日に」言い出したら泣き出したげな。
だから本当に泣いて子供から意見されて、背うた子にに教えられるじゃない、もう本当にこれからはこう言う事があっちゃならんと思いました。と言うてお母さんが教えられて、ホトホト感心したというお届けをした事を私は感心だと話したんです。そう言う事が十三日会というのがその様に、合楽では大事にされておると言う話です、しかも唯神の願いが成就するという、神の願いの内容について、いろいろ話しさせてもらうんです、それを皆な分かるんです。
信心を進めて行くとね。言うならばスランプ状態と言うときに、必ず勉強しとってもそうなんですけどね、そのスランプの状態の処を大事にしていかなければならない。今日も先生方の中に、二人そのスランプ状態に入っている先生が御届けをして、「有難うなろうと思っても有難うなれない。」その事の悩みというか苦しみをお取次を頂いた。それにはね、私は今まで合楽の信心というのは、楽しゅして有難うして、然も愉快になれるとあそこで話しているけれども。
「あっ痛た、先生方でさえこう言う様な事を感じているとするならば、信者一般のの人達中にはどれほど先生の有り難いの楽しいのと言われとるが「いっちょも有難くもなければ、楽しゅうもない」いう人が沢山あるだろうと言う事、有難い時もあるかも知れんけれども、そういう時もあるだろう、そう言う時のこれは話しもしておかないといけないなとお話しをながら思うたです、そう言う時があるんだよ。それを言うならばどう言う事かと言うと、言うなら仏教的にいうと「業というんだ」と言う話しをしました。
こんな話しが出るんですからね子供達に対して、ゴウというのは業(ぎょう)と書きますよね、業病例えばライ病なんか業病と言いますよね。人間がそういう業を背負ってこの世に出て来ておる、そして有り難い道、有り難い場に信心の稽古をさして頂いておっても、それが時々業の様なものが出て来て「有り難くならなければならない筈のに、会い難くなくなってそれとは反対の心さえが起こってくるというのはどうした事か」。
そう言う事を新しい言葉で言うと、スランプの状態だけれども、そういうスランプの状態の処を大事にすると言う事はどう言う事かというて、「数字の5とし」数字の「5」を書いてご覧なさいね、数字の5はこうでしょう、これをね業を引くためには、ここに引くと一緒に書いてごらんなさい、「与える」という字になるね、5を書いて一の字マイナス、一の字を書きますと「与える」という事になる。そこでね「与えなければならない」という話をしました。
人に与えると言う事、そして私が若い時に沢山ネクタイを持っておる、友ずえ来るとそれを見せびらか。そしたら友達のそれが「やぁこれ良かね」というのを私は必ずその人に上げました。後からやらんにゃよかったと思うてから、惜しげがつく時もあったけれども、それを次に絞めてきた時に大変喜ぶ顔を見ると、ははぁこれは有り難い事だと、言う風なものを感じておったと言う事を話したのです。だから是は私が要らん事になったから遣ろうという、与え方では駄目だよと自分の大事な物を与える。
自分の好きな物を与えるそれが真心なんだ、そこからね言うならば与える事によって業が段々引かれて行くわけ、5からダンダン引かれていくそれが今日のいうならば私だから私が有り難い、楽しい愉快だと言う風にいえるけれども、皆んなの場合業を持っている、未だ業が切れて無い時にそう言う様なスランプの時もあるけれども、それを与えていく生き方というものを、精進さして頂いたらおかげだよと言う様な話し。
そういう話しを昨日させて頂きながらこの事を今日の御祈念にちょっと思わして頂いたら先ほど申しました、私共がね天地と同根と言う様な信心、ここで言うならば親先生と同根、親先生と同じ心だと、言う様な状態に時々なれる事がある。そういう時に親先生のお取次を頂いての事であるから、心にヒヤシンスの安心が頂かれると言う事である。だからこれはね、愈々私共が御神徳を受けて、それこそ「来てくれという処に行ってやる」位な「くらいな」というと大変失礼ですけれども。
ようは信心を目指さなければならない、と言う事になります。そのことをお礼申して頂きよったら、こんな話を聞いたことが、ある事を思い出したんです。昔大変な有名なお医者さんが二人あった、それこそ首が切れたというのでもね、そのお医者さんがしなさると繋がる、時々あわてふためいて、反対につがることもある」というのは笑い話しなんです。そこで西の人が「どうもう」という人であった、東のお医者さんが(こうもう」という人であった。
そして「どうもうと言う人」と「こうもうという人」があい寄って、どっちが日本一か競争しよう、とにかく早く首を繋いだ人が勝ちというので、一緒に首を切った、だれも接ぐ者がおらんようになったけん、以来どうもこうも出来ん様になったいうこと。(笑い) ところがね結局「どうもこうも出来ん様になったというのが、どう言う事からか出来て来るかというと、それがですねいうならば、それが争うから出来なくなってくるのです、争う心があるからどうもこうも出来ん事になってくるのです。
俺が日本一と言う様になるから、どうもこうも出来ん様になる、世界がそうなんです。先日もここのご信者さんで、今度娘さんが付属の小学校に入る事が出来る様になった、そのお母さんが久留米の方に家を移転していかれる、なかなか熱心で。これはねこういう考え方はね素晴らしいようですけどね、これはどこまでも道徳、儒教的考え方です、これは間違いです。
子どもの時「孟子三遷」という言葉があります、孟子のお母さんという人は三回も家を変ったというのです、「環境が悪いと環境に染んでいく、そこで学校の前だと勉強の真似を子供がするようになったそして、ああいう大学者になった」という話しなんですけどね。果たして大学者に成ることが幸せか、こんな事ではない金光様のご信心は、「例えば○少に出す、勉強が出来ん、勉強が出来んから○少にやらん」
こういう程度の低い考え方は一番つまらんです、だから私は申しましたが「孟子のお母さんが、言うならば、教育ママの走りじゃろう、そういう考え方そういう思想を一遍なくしなければ金光大神の本当の教えは生き生きとしてこないです、人間心です。どんなに環境が悪い処であっても、そこでおかげを頂け「成り行きを大事にする」という事はそういうことなんです。
そこから天地働のを信じて天地の働きに縋って行く生き方になれば、そこでなからならなければ出来ない素晴らしい、いうなら、人格が育っていくです。子どもの為にわざわざ転校させたり、わざわざ学校の近い処に移転すると言った様な事をしなくても、「する」ということは大体御道の信心には外れる。丁度その事を若先生がお願いに来たのでお取次させて頂いた昨日聞いた話なんですけど丁度ここで、書物を読んでいたらあのう「犠牲にする」と頂いたそうです。
これは子供を犠牲にすると言う様な事です、尊いものをいうならば、犠牲にするようなもの。いうならばそう言う様な「5から一を引く」と言う事が「与える」という字になるように私共の業がね、さまざまな難儀を作っていき、いうならば倦怠とか普通人間の面被っとって心は獣心、人面獣心のようなというのは業の為せる技なんです。そこで私共が信心ちゃ「有り難いもんじゃ嬉しいものばい、とにかく愉快なものよ」と言っているけれども、までには業を取らなければ出来ないということ。
それにはね「与える生活、奉仕の生活」そういう信心をみっちりさせて頂いて、5を引いて与える処の信心にならせて頂くもらうという処から、愈々本当の意味においての、どんなに素晴らしい事であっても、中国では孟子孔子と言った様なものは全然、儒教の国ですけれども、勿論あれは共産党になったからですけれども、いうなら扱き下ろしてしまった、お祭りしてあるのを崩してしまった事だそうですけれども。
より本当の事をいうならば解るためには、言うなら過去の考え方の間違っている事を壊していかなければ、より本当の金光大神の道は分からないと言う事になります。だから常識とか道徳的なことでは金光教の信心はない、超常識だ、超道徳だと言われるのもやはりそういう訳なんです。そこからですいわば、形が無うなったら来てくれと言う様な体得にも進んでいけれる、本当に天地と同根だろうかと思う様な時間が私共の生活の中に増えてくる、大きくなっていくと言った様なおかげを頂きたいもんだ。
まあ思うのです。成る程そういう風に頂いて参りますと、金光大神という方はもうどちらに転がしても、喜びしか出てこないと言う様な丸いお心のお方であるし、天地の親神様のいうならば、心を心となさってのご信心であったから、なるほど天地と同根と自分が生前で生きながら「皆んなが私が亡うなったら形が無くなったところにいってやるから、金光大神と称えさえすればおかげをやるぞ」と言われる、いうなら大胆なまでの表現が出来なさったと思うですね。
どうぞ。